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金正男 いい人 について 

金正男(キム・ジョンナム) いい人 について書いてみました。金正男(キム・ジョンナム)氏は、北朝鮮、第2代最高指導者であった金正日(キム・ジョンイル)氏の長男で、現在の最高指導者である金 正恩(キム・ジョンウン)氏の兄です。

 

『私の常識によれば、経済発展を成し遂げるために北朝鮮の改革・開放が必須です!』・・・金正男(キム・ジョンナム)氏

 

金正男(キム・ジョンナム)のプロフィール

 

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名前:金正男(キムジョンナム)

生年月日:1971年5月10日 (45歳)

出身地:平壌

学歴:金日成総合大学

北朝鮮、第二代最高指導者金正日(キム・ジョンイル)の長男

 

金正男(キムジョンナム)氏の兄弟関係

 

北朝鮮、第2代最高指導者だった金正日(キム・ジョンイル)氏には3人の息子がいました。長男の正男(ジョンナム)氏(45歳)、次男の正哲(ジョンチョル)氏(35歳)、そして三男の正恩(ジョウン)氏(33歳)です。

 

 

3人について、「長男の正男ジョンナム)氏は父親と対立して後継から外され、海外で生活。次男の正哲(ジョンチョル)氏は海外にエリック・クラプトンのコンサートを聴きに出かけるなど、政治よりファッションに関心があるようで、三男の正恩(ジョウン)氏が国を任されました。

 

 

キャラクターや置かれた境遇の違いが際立つ兄弟の中で長男・正男ジョンナム)氏が一躍メディアの脚光を浴びることになったのは2001年5月のこと。『”金正男(キムジョンナムと見られる男性”が成田空港で入国管理局に拘束』される事件が発生した時でした。

 

 

当時彼は、妻子を連れており、ドミニカ共和国の偽造パスポートを使用し、背中に虎の入れ墨をしていることが判明。日本入国の理由を「ディズニーランドに行きたかった」と語ったことが、大きな話題になりました。

 

 

「強制退去のあと、金正男(キムジョンナム)氏にはさまざまな報道が飛び交い、例えば『ブランド好き』『海外を気ままに遊び回っている放蕩息子』『いい人』など、世間にもそうしたイメージが浸透したようでした。

 

 

北朝鮮を解放する!と激白

 

2011年12月、北朝鮮、第2代最高指導者であった金正日(キム・ジョンイル)総書記が69歳で死去し、三男の金正恩(キム・ジョンウン)氏(33歳)が後継者の座についた北朝鮮について、

 

 

「私の常識によれば、経済発展を成し遂げるために北朝鮮の改革・開放が必須です!」と金正男(キムジョンナム)氏はこう痛烈な言葉を発していたそうです。

 

 

正男(ジョンナム)氏の、これまで明かされなかった赤裸々な肉声が明かされているのは、2012年1月20日に発売された『父・金正日と私 金正男独占告白』(文藝春秋刊)です。

 

 

この『父・金正日と私 金正男独占告白』は正男ジョンナム氏と、「最も深くつきあったジャーナリスト」である東京新聞の五味洋治編集委員との対話録で、その衝撃的な内容には、世界中の目が注がれ話題となりました。

 

 

 

いつか壁がなくなればいい


正男ジョンナム氏の実像は、世間のイメージとは違い、絶対的な権力を行使する北朝鮮において、国家のあり方に疑問を投げかけ、経済改革や開放を父親に進言してきた唯一の人物です。

 


海外留学経験を通じて少年時代から西側諸国を目にしてきた正男ジョンナム氏は、英語、ロシア語、フランス語に堪能で、片言の日本語も話し、基本的に人なつっこく、人柄についてもいい評判なのだそうで、

 

放蕩息子のように見せているのは、周囲の警戒を解くために演技しているのだとも言われています。

 

 

「いい人」として、“人間味”が感じられるエピソード

 

 

2009年:雑誌「SPA!」(7月14日号)が、「金正男(キムジョンナム) 日本国内で人気爆発の秘密」と題して、ファッションセンスについて分析したり、各界の隠れファン著名人が激励コメントを寄せるギャグ企画記事を掲載した際、マカオで実際にその雑誌を手にした正男(ジョンナム)氏は、とてもうれしそうに読んでいたそうで、

 


また入れ墨のことが報道されたことを聞かれた時には、「(入れ墨は)確かにありますが、若気の至りでやったことで、これをもってヤクザと関係があるというのは間違いですね」と答えていました。

 

 

またたびたび日本へ来日していた正男ジョンナム氏は、とても日本びいきで、その理由をこう明かしています。

 

 

『日本文化に小さい時から関心があり、高倉健、真田広之の映画をよく見ました。全般的に日本の文化にとても関心がありました』また来日した際には東京の新橋第一ホテル(現・第一ホテル東京)によく宿泊していたそうで、

 

『夜おでんを食べに行きました。新橋駅に近い店でした』
 

 

赤坂の高級クラブについては、特別な場所として、正男ジョンナム氏はこう思い入れを語っています。

 

『そこは民団系、総連系、一般の日本人もいます。みんなが一緒になって歌を歌い、お酒を飲んでいた。いつかこういうふうに壁がなくなればいいと思ったものです』

 

さらに正男ジョンナム氏には複数のワイフ(妻)がいるとの報道があることについての質問には、、『離婚した前妻、つきあった恋人みな「ワイフ」としたら、困ります。私がしばらく同居して、子供ができた女性や、交際した女性は多いですが、結婚したワイフは一人という意識です。でも私の女性遍歴は否定しません』何ともおおらかな正男ジョンナム氏の性格が浮かび上がってくるようです。

 


権力を受け継げるのか疑問


「正男ジョンナム氏のものの考え方は、9歳からのスイス留学で培われました。青春を謳歌した9年間のスイス留学時代でしたが、この間に、彼の思考方法はすっかり自由社会と資本主義になじんでしまいました。

 

そのため留学から帰国後、社会主義独裁を進める父親との対立という現実が待ち構えていました。

 

正男ジョンナム氏が留学に旅立つ際、父・金正日(キムジョンイル)氏は涙を流して寂しがったといいますが、しかしその後、金正日(キムジョンイル)氏は在日韓国人の高英姫(コ・ヨンヒ)を妻に迎え入れ、彼の愛情は彼女との間にできた正哲ジョンチョル)、正恩(ジョウン)の2人の息子に移っていったといいます。

 

 

彼が完全な資本主義青年に成長して、北朝鮮に帰ってきた時から、父、金正日(キムジョンイル)氏は彼を警戒しました。

 


経済政策に関する答えは明確かつ具体的

 

彼、は1989年12月に、初めて中国を見る機会を持ち特に1995年~2005年にかけて、上海の急速な成長を目撃して改革・開放の必要性を切実に実感し、その一方で、北朝鮮の抱えたジレンマを冷静に見つめ、

 

 

『改革しなければ経済の破綻は目に見えていますが、改革すれば体制崩壊の危機も招く。そうやって時間がたってしまうのではないでしょうか』と。また

 

『権力世襲は、もの笑いの対象になるでしょう。社会主義理念にも符合しません。中国では、毛沢東(主席)でさえ世襲をしなかった。そのため発展したと言ってもいいでしょう。世襲のため、逆に北朝鮮は国力が落ちてしまうとの懸念もあります』と語ります。

 

まとめ

日本で報じられた正男ジョンナム氏出現のニュースだけを見ていると、日本、パリ、北京など、正男ジョンナム氏は国外をあちこち放浪しているように見えますが、実は、その裏にはスリリングな緊迫した兄弟関係を裏付けるような事件もあったそうです。